
ありがとうございます。
心理カウンセラーの島幸樹です。
Twitterをしているのですが、今朝つぶやいた複数にまたがるツイートをこのブログでまとめました。
「アホって言う方がアホだという件について」です。子どものころからよく言われてきたものです。アホって言う方がアホ。
私は関西人(大阪生まれ)なので、アホという言葉に愛がある場合もあることを知っているのですが、そういうものばかりでもありませんね。
やや品のない表現をしている点があります。Twitterだからというわけでもありませんが、どうぞご容赦くださいませ。
おはようございます。
今日は、アホって言う方がアホだという件について、考えてみようと思います。— 島幸樹@心理カウンセラー (@sachi_juku) January 12, 2020
相手の言動を見たり聞いたりして、その人のことをアホと判断したからその人はアホって言うわけです。だけど、確かに相手の言動がアホなのであればアホなんでしょうけれど、アホな人がアホではない人の言動を見聞きしても、やっぱり相手のことがアホに見えたり聞こえたりすると思うのです。
— 島幸樹@心理カウンセラー (@sachi_juku) January 12, 2020
綺麗な眼鏡でくすんだ物を見ると「なんだこれ、くすんでるじゃん」って思うだろうけど、くすんだ眼鏡で綺麗な物を見ても「なんだこれ、くすんでるじゃん」って思うんじゃないでしょうか。自分の眼鏡のくすみに気付いていない人は。
— 島幸樹@心理カウンセラー (@sachi_juku) January 12, 2020
つまりアホって言う人は、本当に相手の方がアホなのか、自分の眼鏡がアホなのかをちゃんと考えた上で相手にアホと言えているのだろうかかということ。
— 島幸樹@心理カウンセラー (@sachi_juku) January 12, 2020
自分自身のことって、他者を通さないとわからないものです。
自分が内面でコンプレックスに感じている部分を相手が外面に出していたら、そいつを叩きたくなります。
自分の中にある認めたくないものを相手から見出したとき、それは「自分にとっては」アホなものなので、すぐに相手にアホって言えるわけです。— 島幸樹@心理カウンセラー (@sachi_juku) January 12, 2020
要は、大きな声で(大きな声かどうかはわからないけど)、相手の前で自己紹介しているようなものですね。
「あなたから見た(聞いた)その部分をわたしも同じものを持っていて、あなたはそれを上手に表現できているけれど、わたしはそれをアホって思っているのです。つまりわたしはアホなのですー」
— 島幸樹@心理カウンセラー (@sachi_juku) January 12, 2020
というわけで、自分自身のくすんだ眼鏡に気付きを持たずに、相手の言動がアホに見えている人は、やっぱりその人の方がアホということです。
相手のことをアホと言う前に、自分自身の眼鏡を磨く必要があるのかもしれません。— 島幸樹@心理カウンセラー (@sachi_juku) January 12, 2020
それでは自分の眼鏡がくすんでいないのに、相手の言動が本当にアホに映る場合はどうなのでしょう。
いやいや、それもまた、アホかどうかの基準、価値観に普遍的なものは多分そんなに存在してなくて、自分自身の基準や価値観にすぎないのだから、ということはやっぱりアホって言う人がアホなんだと思いました。— 島幸樹@心理カウンセラー (@sachi_juku) January 12, 2020

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心理カウンセラー・講師 島幸樹(しまさちき)
Heart Trust Communication 代表。
カウンセリングと心理学の学びをご提供し、自分らしい生き方を見つけるお手伝いをします。
専門は教育、発達心理学/カウンセリング心理学。学習塾の経営を経て、現在は講師・研修業と心理カウンセリングを行っています。
大阪生まれ。奈良在住。
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